ひざまずいて神意を見届ける...「見」

20180511_1.png  百聞(ひゃくぶん)一見(いっけん)にしかず、とは、何回(なんかい)()くより、一度(いちど)()()(たし)かめることが大切(たいせつ)、という意味(いみ)ですね。目で見ることの大切さは、左上(ひだりうえ)の「見」の甲骨文字(こうこつもじ)を見るとよくわかります。
 ひざまずいている横向(よこむ)きの(ひと)20180511_3.png)の上に、(おお)きな目(20180511_4.png)がのっています。
 このように目を強調(きょうちょう)することで、神霊(しんれい)(あらわ)れるのをしっかり見ようとする人の行為(こうい)(あらわ)しているのです。
 「望」が、つま先立(さきだ)ちして(とお)くを(なが)める行為を()すのに(たい)し、「見」は、ひざまずいて(かみ)(あお)ぎ、神意(しんい)(神様の意志(いし)、お()げ)を見届(みとど)けようとしているのです。
 やがて「見」は、見学(けんがく)物見(ものみ)などの「みる」という意味のほか、会見(かいけん)謁見(えっけん)(あうこと)、見当(けんとう)(みこみや、めあて)、見事(みごと)(すぐれていること)、意見(いけん)(おもいや、かんがえ)など、たくさんの意味の(ひろ)がりを表す文字(もじ)となりました。
(産経国際書会常務理事、眞田朱燕)

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